「あんたー。あんたぁー」


妻スピルの自分を呼ぶ声にスコットはハッとして声のする方を振り返った。


見てみるとスピルが大きな身体を揺らして、畦道の上でこっちへ来いとばかりに手招きしている。


「なんだぁ? どうした?」


声の大きいスピルに負けじと、スコットは声を張り上げた。


「ちょっとぉ、ちょっと来とくれよ」


用件を言わず、こっちへ来いと繰り返すスピルに少々苛立ちを感じながらも、スコットは持っていた鍬を置いて彼女の方へ歩いた。


「どうしたんだよ?」


面倒臭そうにタオルで汗を拭い、用件を促す。


結婚して長い夫婦ともなると、こんな態度は当たり前のように出てくるらしい。

結婚当初はもっと甘い言葉を掛け合ったりもしていたのだろうが、今はそんな姿は微塵にも感じさせない。


「また、あの馬車が来たみたいなんだよ」


「馬車って、なんだよ?」


詳細が分からない。

話の説明の下手な女房にスコットは眉をしかめた。


「ほら。あの姫さんが乗ってきた派手な馬車だよ。
戻ってきたんだ」


「なんだって?!」


スコットは更に顔をしかめた。


「あれは、お付きのもんが帰るのに乗ってっただろ?」


そう。ジルたちよりも早く一日前に、老人と兵士とひょろっとした若者が自国へ帰るために使っていったはずだ。


訝しく思い、スコットはスピルに詰め寄った。


「そりゃ、お前。どういうことだよ?」


「私に訊いたって分かんないよ。
ちょっとあんた、見てきとくれよ」


「お、おい…」


スコットはスピルに背中をグイグイ押されて、仕方なくその様子を見にいくことになった。