ジルとローグがカチュア姫を連れて洗礼の洞窟に旅立った翌日。


リィズ村の宿屋の主人であるスコットは、いつもと変わらず畑仕事に精を出していた。


この村に旅人が現れることは少ない。


宿はいつだって開店休業状態だ。


ジルとローグという常連客がいてくれるだけでも有り難い。


それ故に、宿屋業だけでは稼ぎが少なく、農作業を営むことを余儀なくされる。


スコットはかすみ荘の裏手にある畑に畦を作る作業をしながら、額に浮き出た汗を拭った。


まだ初夏だというのに今日はすこぶる暑く感じる。

さんさんと輝く太陽が憎らしい。


真夏がくる頃には、どれだけ暑くなるというのだろう。


悪態をつき、真上にある太陽を睨み上げた。


「そういや、あいつら…。
無事に進んでるのか」


流れ行く雲を見つめながら独り言を呟く。


昨日の朝、旅立っていったジルとローグのことがふと頭を過ぎった。


今回は長くない旅だとローグは言っていた。
三日ほどで戻れるだろうと。


つまり、明日には帰ってくる。


そしてスコットは一緒に旅立ったイスナ国のカチュア姫の顔を思い出していた。


ここ数日間、村はイスナの王女の話で持ちきりだ。


普段静かに暮らしている村人にとって、王女様と巡り合えることなどある訳がない。

人生での一大ニュースだ。


その姫様が自分の宿に泊まってくれたなんて今でも俄かに信じ難い。


もう少し部屋を綺麗にしておけばよかったと、今になってスコットは思ったりもした。


帰ってきたら、もう一泊はしてくれるかもしれない。


この作業が終わったら、客室を掃除しよう。


密かにスコットはそう思っていた。