そしてもうひとつの悲劇。

倭草チームは狂ったように剣を振り回す剣牙の攻撃を避け続けるばかりで、反撃しようともしない。

当然だろう。姫にとって彼は大事な後輩。そして十六夜も知り合いの大切な人に無闇やたらと攻撃できるはずもない。

唯一、剣牙と関係が浅く、そして彼の陰謀に巻き込まれただけの倭草も、彼を攻撃しようとはしなかった。


もしかすると、雨乱の居場所を知っているのかもしれない。


そんな思いが募るほど、彼を攻撃し、気絶させてしまってはならないと自身を抑制させてしまうのだ。


「っ、クソッ…、埒があかねえっ!姫さんっ、こいつあんたの仲間なんでしょ?! どうにか出来ないんスかっ!」

「どうもこうもっ…、今の剣牙はわたくしの言うことを聞きませんわ!」

「姫の言うことだけじゃない。あいつ自身も自分をコントロールできてないようだ」

「「?!」」


十六夜の見解に二人は目を見開いた。

自分自身をコントロールできていない、ということは。


「それってつまり…」

「剣牙が、“操られている” ということですのっ?! そんなっ…十六夜サマ、わたくし一体どうすればっ」


悲痛な事実に顔を歪め、動きを止めてしまう姫。その不意を突き、剣牙が刃を降り下ろす。

「危なっ…姫さん!」

刃が、朱を吸い上げた。








「イッタ…」

「!」


ポタ、ポタ。富めどなく溢れる鮮血。

十六夜は苦しげに顔を歪める。


「え…」

「なっ…ちょっとあんた!大丈夫なんスか?!」

「うるさい鬼子。これくらい、どうってことない」


十六夜の手から溢れる鮮血が、ツツゥ、と腕を伝い床に落ちる。
咄嗟に止めたせいだろう。近距離にいた姫の顔にも鮮血が飛び散っていた。


「っ…やはり、白羽取りは素人にはそう上手くいかないか」

「いっ、十六夜サマっ…」


口を抑え悲鳴のように名前を呼ぶ姫に、十六夜は安心させるためか、ふっと微笑んだ。

よくよく見れば、十六夜の肩にはぱっくりと開いた傷口がある。白羽取りを失敗し掴み損ねたせいで、滑った刃が肩に食い込んだのだろう。

次の瞬間、ずるり、と。十六夜の体は姫の隣に倒れこんだのだった。

同時に、べちゃりと不気味な音が、よく耳に響いた。

姫が視線を隣に移すとそこには、


「…ぅあっ………」


指のない十六夜が、目を瞑ったまま動かず…まるでそう、死んだかのように。


「いざ、よ…いサ、マ?」

「………。」

「っ、」


声なき悲鳴が、その場にいた全員の耳をつんざいた。