あらぬ妄想まで繰り広げる姫を見慣れているのか、十六夜は遠くを見つめたままで特に姫に否定もしない。

そんな二人を見つめる倭草は心の内で深く深ーく、溜め息をつくのだった。



「(ったく、どいつもこいつも…。姫さんが好意を寄せてるっつーんにこの色男はなーに躊躇してんだか。

あの駄目人間に関してもそうだ。【茄希】(なき)先輩への気持ちに自分で気づいてなさそうだし。相変わらず鈍いのなんのって。

…ま、かくいう俺も人のこと言えねーんだけどな。)」



はぁぁ。

再度溜め息をつく倭草は、今度は二人に聞こえるほど大きな溜め息をついた。

ちらりと前方を見れば頬を染める姫。
もう片方は若干青褪めた色男。

テメェが姫の好意を否定しねえっつーことはつまり、ふつーにカップルにしか見えねえんだよっ。

ケッ、と唾を吐きそうになる倭草だったが、ふと眉間にシワ寄せた顔を元に戻した。


廊下の角。
なにか見える。


一体あれは何なのだろうかとまじまじ見つめようとすれば、前方を歩いている二人が声を掛けてきた。


「鬼子?…なんか見えるのか」

「あらいやだ、わたくし達の間を邪魔するものならば、このわたくしが直々に切り裂いてやりますわよ?」

「姫さん怖ぇえっス」


そうじゃなくって。

言葉を続けようとし、もう一度倭草が廊下の角に目を向けた。


「………、あれ?」


しかし、そこには既に先程の気配は微塵も感じられなかったのだ。

驚き目を見張る倭草に、なんだどうしたと前方の二人が倭草の視線のさきを同じように見つめる。

誰もいない。


「…? 誰もいないが…。まあいい、あんたの探し物、早く探すぞ。どうやらこの一件、裏で俺と関わりある連中が動いてるようだ」

「え…?」

「十六夜サマの言う通りですわ。わたくしの剣牙も姿が見えませんの。…剣牙、どこへ行ったのかしら」

「……。」


心配そうに呟く姫の横顔を見つめる倭草だったが、その心境は複雑であった。

なにせ、自分はその剣牙の陰謀に、知らなかったとはいえ関わってしまったのだから…。


苦渋の表情を浮かべる倭草に、十六夜は何とはなしにと肩を叩いた。優しい手つきだった。

それに驚く倭草だが、「先行くぞ」と背を見せる十六夜に、倭草は自分が慰められたことに気づく。


…なんだ、結構イイ奴じゃん。


その呟きは事態を知らない姫にだけ聞こえた。姫はなんのことだと声をかける。


「ひみつ」


にぃっと含んだ笑みを浮かべた倭草に、それこそ姫は首をかしげたという。