その日の夜のことだった。
「だから、そうしない?」
目の前のサクラさんがそう言って、僕に向かって笑みを浮かべた。
濡れ髪に火照った素顔、首を傾げて微笑う仕草……どれも愛しいはずなのに――
でもいまは、笑い返すことなんてできない。
そればかりか ”その話題”をふられた僕は、一瞬動けなくなったんだ。
「どうかした?」
「ううん……なんでもないよ」
ぎこちなく笑い返すと「変なハル」って、サクラさんがまた笑った。
久しぶりに一緒に会社を出て食事をした帰りだった。
突然振りだした雨から逃れ、彼女のマンションへたどり着いた僕らは、冷えた体を温めようとシャワーを浴びて。
「一緒に住むのは仕事が一段落してからがいいって、黒木さんに言われたの?」
「そうよ。でも相手がハルだってことはバラしてないよ」
タオルで髪を拭う彼女が朗らかに言った。



