あふれるほどの愛を君に


「なんせ十年も前の話だ。異動や退職で詳しいことを知る人間ももう少ないけどな」


それから鈴木さんは、黒木さんが当時の専務の甥にあたることや、経理課長がおおごとにならないよう自ら火消しにまわったことも教えてくれた。


「まっ、そういうことだ」


溜め息をつく表情を眺めながら、黒木さんが異動してきた日を思いだしていた。


『営業で鍛えられた精神力と経理で培った分析力を武器に全力で頑張ります』


快活に挨拶をしていた黒木さんと、それを見ていた鈴木さん。

いま聞いた話から想像する当時の状況と、同期のふたり……。



「さてと、そろそろ戻らないとな」


テーブルに片手をつき、鈴木さんが立ち上がろうとした。


「あの」

「うん?」


呼び止めて、だけどすぐに躊躇した。


「どうした?」

「いえ……なんでもないです」


本当は、飲み会の夜のことを聞きたかった。

飲み会に参加し、黒木さんの過去も僕とサクラさんの関係も知っている鈴木さんには、その時のふたりの姿はどう見えたんだろう? って。