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真優の言う割り切った恋愛は、僕を少しずつ小夜子から切り離していった。


互いにアルバイトの合間を縫って、幾度となく会う。
会えば身体を重ねたし、それが心地よかった。


僕は真優を抱くとき、小夜子の記憶をひとつずつ消していった。

小夜子と違う真優のそれを自分の身体に沁み込ませてゆくのだ。
そうして時間をかけて、確実に、小夜子の記憶を拭い去る。


まるで本能に急き立てられているようだった。

いつか、頭の片隅で声がした。
追い出せ、と誰かが言うのだ。

これからも、彼女のいない毎日を生きていく
想いばかりを募らせてどうする。
それを向ける相手はいるのか。

はやく追い出せ。
誰かが言うのだ。


果てしなく続く道を、ひとりで歩き続けるのは恐ろしかった。

小夜子にすがり続ける自分が、ずっとずっと恐ろしかった。
消し去りたいと、心底思った。


だからこそ、少しずつでも彼女を思い出さなくなった自分に安堵した。

僕は正常なんだ。
ほんのわずかに、鎖が解けた気がした。


時間が経つにつれて、徐々に、確実に、崩れていく。

身体に沈む大きな石を少しずつ砕くと、いつかは軟らかな水となって、僕の手のひらから零れ、いつかは目に見えない気体となって、記憶の奥底へ落ちていく。

ああ、美しい過去だったと、余裕を持って愛しく思える日が来れば、それでいいのだ。


僕はその未来を掴みかけている。
そう思って、安堵した。

このままぜんぶ、消えてしまえばいい。


僕は何度も何度も、繰り返し言い聞かせた。
頭のなかでは、誰かが追い出せと急き立てる。


今思えば、それはどこか憑りつかれているかのようだった。