猫 の 帰 る 城




気づいたときには、もう手遅れだった。

すべて崩壊していた。
きりきりと胸を痛めながらも、僕は壊す手を休めなかった。

そう、わかっていて崩壊させたのは僕だった。

苦痛の叫び声をあげながら、感覚を失い、痺れたこころがぼろぼろになっていくのを知りながら、僕はすべてを破壊した。

もう手遅れだった。


目の前には、声もなく涙を流す小夜子の姿があったのだ。


僕はそのときになって、ようやく自分のしたことを後悔した。
激しい後悔の波が押し寄せ、僕はハッとしたが、やはり、もう間に合わなかった。

小夜子は突然踵を返し、駈けだしたのだ。


「小夜子!」


小夜子は全速力で通りを駆け抜け、大通りへと出ていった。
僕も必死で彼女の後を追った。


大通りに出ると、さきほどとは違って、人通りが激しかった。
小夜子は通行人に身体が当たろうがなんだろうが、全速力で駆け抜けていく。

人をよけながら走る僕は、なかなか小夜子に追いつけなかった。
こんな時間まで街をうろついている人たちに苛立ちを覚えながら、ひたすら彼女を追う。

すると、タクシーを呼び止める小夜子の姿が目に入った。


「小夜子!」


小夜子の前にタクシーがすべりこむ。
ドアが開き、乗り込もうとするあと一歩のところで、僕は彼女の腕をつかんだ。

途端に彼女は涙を流しながら、ものすごい剣幕で僕を睨み、叫んだ。


「離して!」


激昂する彼女を前にして、僕は息が出来なくなった。

それはいつも僕を見つめてきた瞳ではなかったからだ。
憎しみともいえる深く強い感情が、鋭い刃物となって僕を貫く。

僕は動揺した。


「小夜子」

「離して!離してよ!」

「ごめん、僕が悪かった」

「さわらないで!」

「泣かせるつもりで言ったんじゃないんだ」

「やめて!痛い!離してってば!」


痛いと言われ、僕はつかんだ腕を離すしかなかった。

小夜子は荒い息を繰り返し、ただただ涙を流していた。
その姿を見て、僕の胸は押し潰されそうになった。

僕の言葉がここまで彼女を傷つけたのかと思うと、やるせなかったのだ。