猫 の 帰 る 城




僕らは一年前と同じように、気持ちよく酔いながら、お互いでたらめに話してでたらめに笑った。

人の熱気に包まれながら、安いビールをのどに流し込んでいく。
よく冷えたそれは、いつもよりひどく美味しかった。


彼女は可笑しいと手を叩いて笑った。

彼女の赤く染まった頬も、並びのいい奥歯も、何ひとつ変わっていなかった。
あの日、彼女が初めて見せたそんな姿に、僕の胸は騒いだのだ。

遠い昔のことなのに、まるで自分が一年前のあの日にいるような気分だった。



「まだ飲み足りない?」

店を出ると、小夜子は紅潮させた頬を僕に向けた。

生ぬるい風が流れ、僕らの頬を撫でていった。
通りにはまだ多くの人が流れていた。

店の前でたむろする若者が目につく。


「うん、飲み足りないな」


僕がそう言うと、小夜子は立ち止まってこちらを見上げてきた。
僕の手を握り、いやらしく指を絡めてくるのだ。

それから充分に間をとって、とっておきのセリフを口にする。


「じゃあ、わたしの部屋に来てよ」


小夜子は笑う。
声をたてたり、顔いっぱいで笑うのではなく、ふっと柔らかく、唇で微笑む。

目は真っ直ぐと、真剣に僕をとらえて離さなかった。

僕はそんな小夜子を見て、一年前のことを思い出した。
飲み足りないという僕に、小夜子は今とまったく同じセリフを言ったのだ。
この言葉の数時間後には、僕は初めて小夜子と結ばれていた。


―――わたしの部屋に来てよ


僕は笑ってしまった。
懐かしいような、ちょっと気恥ずかしいような気持ちだった。

すると小夜子も我慢できなくなったように、声をたてて笑いだした。


「なかなかの演技だったでしょう」


彼女が意地悪な目で僕を見るから、僕たちはまた笑った。