猫 の 帰 る 城





「そりゃ話しかけられたら、店員として答えなきゃいけないだろ」


暗がりの中、僕たちの背中を明るい光が照らした。
レールを走る車輪の音が、徐々に迫ってくる。



「そうだけど…なんか、仲良さそうだったよね」

「なんだそれ」

「もしかして、知り合いだったの」


僕は驚いた。
あまりに予期せぬ言葉だったからだ。


「違うよ。ただ、おすすめの本を聞かれただけだって」

「…盛り上がってたみたいだったけど」

「そんなことないよ」

「ふーん…」


真優がこんなことを言うのは珍しかった。

女性客に話しかけられることなんてざらなのに、今日なぜそこにこだわるのかわからなかった。

多くの人を乗せた電車が、僕たちを突風とともに追い抜いていく。疲れ切った顔をしたサラリーマンを幾人も詰め込んだその箱は、何度みても不気味な物体だ。


「真優、なんかあった?」


真優の意図することが全くわからない。
僕は彼女の顔をのぞきこんでみたけれど、ただ笑って首を振るだけだ。


「別になんでもないよ」

「何でもないことないだろ」

「何でもないの」



真優の目が僕を捉えた。

真ん丸な目はいつも澄んでいて、僕のこころを締め付けるのだ。
今日はいつになく濁りのない瞳だったから、尋ねた僕のほうが戸惑ってしまう。

戸惑う僕に、真優は突然満面の笑みを向けた。ぱっと、表情が一変する。