猫 の 帰 る 城





自覚し、小夜子に気持ちが傾くのを恐れた僕は、三か月前、堂々と二股宣言をしたのに、結局小夜子と会わないよう心掛ける羽目になった。

いま彼女に会えば、それは確信に変わってしまう。
僕は気づかぬふりをして、真優と付き合っていかなければならない。
小夜子に惹かれているという事実に目を背けなければならない。

受け入れてしまえば何もかも終わってしまうのだ。

この感情を乗り越えればきっと彼女への熱は冷め、勘違いだったと笑える日がくるかもしれない。
だから確信に変えてはいけない。

僕はこれを、無意識に実行していた。


それでも彼女は不意に、声をかけてくるのだ。



「今夜、どう?」


無事に進級し、大学二年になった梅雨の前、食堂で昼食をとっていた。

僕は向かいに座る彼女を見た。
今日のAランチのメインはカルボナーラだ。
それにサラダとスープがつく。

小夜子は器用にフォークとスプーンを使ってスパゲティを巻き、真っ赤なルージュが塗られた口へと運ぶ。
唇の周りについたソースを、ゆっくりと舌で舐めとった。

僕はその一連の動作を黙って見つめていた。


「やめとくよ」


小夜子が僕を見上げた。
僕が断ることなんて滅多にないから、やっぱり少しだけ驚いていた。
僕はその彼女に何か言う隙を与えないように早口で付け足した。


「今日は真優と約束があるんだ」


小夜子は黙って僕を見つめた。
じっと、その大きな瞳を僕に向け続ける。
僕は小夜子の方に目をやらず、手元のカツカレーを黙々と口に運んだ。


「そう」


それだけ言うと、小夜子はいつもと変わらぬ調子でまたカルボナーラへと戻っていった。