『 遅い 』



耳元からは、言葉に反して感情のない声が聞こえてきた。
低く柔らかい、それでいてどこか沈んだような、そんな声色だ。


彼女はいつも僕との電話で、もしもしのかわりに「遅い」と言う。それから決まって、「2コール以内にとってよ」と続くのだ。



『2コール以内にとってよ』



予想していた言葉がきれいに返ってきて、僕は笑った。


「無茶言うな。何時だと思ってる」

『先生の大好きな零時半。でしょ』

「その呼び方やめろって」



今度は電話口で小夜子が笑った。悪戯っぽく、ふふふと笑う。



『ねえ、ヒロト、いまどこにいる』