「ここ、よく来るの」


彼女はそんな僕の視線に気づいていないようだった。
僕はさりげなく視線をそらして答える。


「まあね。バイト先には悪いけど、実はこの書店が一番気にいってるんだ」


だからあえて、ここを自分の憩いの場としてキープするために今の書店をバイト先に選んだのだけど。

すると僕の答えに彼女が笑った。
笑うと形のいい歯がのぞいて目尻がたれるのだ。


「わかる。このハイソな感じ、いいよね。扱ってる本の数も全然違うし」


彼女はそこまで言って、僕の手元に目をやった。
そうして驚いたようにこちらを見つめてきた。


「もしかして矢野くん、西野圭伍の…」

「え?…ああ、ファンなんだ。けっこう邪道なんだけど」

「うそ、そうなの!あたしも大好き。デビュー作から読んでるくらい」

「ほんとに」

「それ、あたしもお気に入り。『青の傘』でしょ」



彼女はそう言って、僕に満面の笑みを見せた。