それからも僕は彼女との関係を続けた。

けれどもそれは、恋人なんて関係じゃなかった。
彼女の方はもちろん、僕も彼女に対して恋だの愛だのという類いの感情はいっさいなかった。

不思議なことに、あの夜はとても素晴らしいものだったのに、それは愛にも恋にも変わらなかったのだ。

始めからそんな期待もしていなかったし、何より指輪に気づいた時から頭が勝手に理解していたのかもしれない。


あの夜以来、僕たちは大学内でも変わらずいつものように接していた。
ただ会えば話をしたし、たまに二人で昼食をとってみたり、一緒に移動してみたり、隣の席で講義を受けてみたりした。

そうしたら瞬く間に大学内の噂の的になった。

どこの社会も、いくつになっても、人間は男女の噂にはひどく敏感だ。
二人で昼食をとったくらいで、興味の視線をべたべたと貼りつけてくる。
それでも、僕も彼女も平然と否定し続けたから、燃え上がった噂はあっという間に鎮火した。


彼女に触れるのは、彼女が僕を部屋に呼ぶ時だけだ。
それは決して頻繁ではない。
彼女から声をかけてきた夜だけ。


「部屋に来て」



彼女は学生がいっぱい詰まった大講義室で、暖かな日差しが降り注ぐ食堂で、フランス語の講義を受けている教室で、そう囁く。
僕の耳元にさりげなく唇をよせて囁く。

それは唐突にやってくる。