講義が終わると、僕と彼女は街に繰り出した。
市街地から近い距離にあるのが、この大学の数少ない利点なのである。
まだ学生だった僕らは洒落た店など知らなかったから、安いと評判のチェーン店の居酒屋に入った。
酒が入ると、彼女はよく笑った。
キャンパスで遠巻きに見ていた頃、どことなくクールで落ち着いた人なんだろうと決めつけていたから、正直驚いた。
エレベーターで言葉を交わしたときも、特に笑顔をみせた訳ではなかったから(もちろん笑えるような話をしてないと言うのもあるけど)、彼女の笑顔は新鮮だった。
僕はこの時、初めて彼女を知った。
また彼女も初めて僕を知った。
彼女が地方からこの街に出てきたということ、僕が社会人になる兄貴と二人暮らしをしているということ、彼女には兄弟がいないということ、僕が本の虫だということ、彼女が女子高に通っていたということ。
いろいろな話をしていくうちに、偶然、そのとき僕がはまっていたマイナーなバンドを彼女も知っていて、それを機に話は盛り上がった。
気持ちよく酔いながら、お互いでたらめに話してでたらめに笑った。
彼女は可笑しいと手を叩いて笑った。
彼女の赤く染まった頬も、並びのいい奥歯もこのとき初めて見たのだ。
いつもは見せない彼女の姿に、僕の胸は騒いだ。
彼女もそうだったと、僕は思っている。
彼女が言った一言でそれは確信に変わるのだ。
「わたしの部屋に来てよ」
居酒屋をでて、まだ飲み足りないと言う僕に彼女は笑顔を向けた。
先ほどと同じ笑顔はない。
こちらをじっと見つめて、少しだけ微笑んでいる。酔っている気もした。
それでも何かを覚悟したような気もした。
僕はそう誘った彼女の右手の薬指に、ブランドもののリングが光っているのを知っていた。
それでも頷いたのは、やはり何かの縁だったと僕は思っている。
大学の近くに一人暮らししているという彼女の家に行く前に、コンビニに寄った。
適当な酒と歯ブラシを買い、店を出て彼女の家へと続く暗い夜道を歩いていく。
その途中で、彼女は自然に僕の手を握った。
冬に近づく秋の夜は肌寒くて、絡めた彼女の指先は冷たかった。
