エレベーターの扉が開いた。
彼女が先に降りていく。
僕もあとに続いた。
研究室の扉には『帰宅』を示すプレートが提げられていたので、部屋の前のボックスにレポートを提出した。
それから再びエレベーターの前で彼女と並んだ。
誰かが作動させたのだろう、5階からエレベーターが上ってくる。
「矢野くん、このあと講義ある」
エレベーターの扉は鏡のように僕たちの姿を映していた。
少し距離を開けて並ぶ彼女の、脚の美しさに見とれてしまう。
「五限の日本文学論かな」
「わたしも。そのあとは。バイトとか、デートとか」
「ないけど」
エレベーターの扉が開いた。
下りてきた僕の知らない女の子と、彼女は挨拶を交わす。
彼女が先に乗って一階のボタンを押した。僕が乗り込み扉が閉まる。
「じゃあ矢野くん、今日わたしと飲みにでも行かない」
「…え?」
今度はちゃんと聞き取れた。
それでも聞き返してしまったのは、彼女の言葉が信じられなかったからだ。
前を見据えていた彼女の目が僕に向けられる。
この時初めて、僕たちは正面から互いの目に向き合った。
「講義終わったら、飲みに行こうよ。わたし、本当はずっと前から、矢野くんとは気が合いそうだなって思ってたんだ」
