サクサク―――

土を掘る音。
ただそれだけが闇に響いていた。


サク…………カラン……


その音が闇に溶け込み始めた時、音が止んだ。
シャベルを放る音。
それが一度響くと、その音を立てた張本人の声が聞こえる。


「こんなところに何かが埋まってるわけねーだろ……。
実際何にもねえし。
寒いし……帰ろうかな。」


そう言う少年は葉月桜(はづきさくら)。
月明かりに、彼の持つ淡い赤色、ちょうど本人の名前である桜とよく似た色の髪と、それと同じ色の目が光っている。


「全く、椿(つばき)もアホだよな。」


先程までの一連の行動は、桜が所属するサッカー部での罰ゲーム。
バレンタインのチョコレートをいくつ貰えるか、それを競った抜き打ちのゲームが行われた。
桜にチョコレートを渡そうとする女の子は少なくなかった。
しかし桜は女の子達の誰からもチョコレートをもらわなかった。
なぜなら桜は『女の人が怖いから』。










約四時間前―――――


「なっ……!
おい!!おろせ!!!!」


桜が放課後の部活に行くと、即二年生副部長の日高(ひだか)に腕を捕まれ持ち上げられた。
身長が160cm前後しかない桜は、身長が190cmもある日高に持ち上げられたらされるがままになるしかない。
そして目の前には同じく二年生部長の椿が立つ。


「さーて、桜は何個チョコ貰ったのかな?」


「貰ってねぇよ!!」


「そっか。
じゃあ罰ゲームは桜ってことで。」


「は?罰ゲーム?
何の話だよ!俺聞いてねぇぞ!!」


「まあそりゃ言ってないからな。
これは毎年一年生お決まりの抜き打ちゲームだからしょーがねぇよ。
な、桜ちゃん?」


椿がわしゃわしゃと桜の頭を撫でる。


「やっ、やめろ!!」


「なんでー?
桜ちゃんかわいいからやめたくないなぁー。」


「桜ちゃんって呼ぶな!!」


「えー、女の子みたいでかわいいじゃん。」


「ならお前だって椿だろ!!」


「椿は名字だし。
下の名前は『佑馬(ゆうま)』。
ま、そうゆう訳でよろしく。」


「ふざっけんな!!!」










そうして今に至る。


「そういや、桜って白い花が血を吸ってピンク色になってんだよな。
じゃあもっと掘ったら中から死体が出てくんのかもな。
…………なんてあるわけ…」






「あるよ、死体。」






「!?」


突如後ろから声がした。
しかし桜が振り返ってもそこには何もない。
気味が悪い。
そう思って帰り支度をしていた時だった。






「死体見つけた?アリス。」






再び振り返る。
するとそこには銀髪のショートカットで、真っ白なワンピースを着た小さな女の子がいた。


「!?」


思わず桜はしりもちをつく。
すぐ後ろに人がいたことにも驚いたが、それが小さな女の子であったことにも驚いた。
てっきり、大人の女性だと思っていたから。
そのくらい年不相応なものの言い方と、笑い方だった。


「そんなに驚かないで下さい。」


突如、その少女は雰囲気を変え、ニコッと笑う。
年相応…というわけではないが、先程とは違う。
ふわふわと柔らかな感じ。
しかし何を考えているのか全くわからない。


「もう、そんなに怖い顔しないで下さいよ。ね?」


少女が中腰になって桜と目線を合わせると、その拍子に何か白いものがひょこっと立った。
それは完全に、ウサギの耳だった。
つけ耳かと思ったが、少女には人間と同じ耳はなかった。


「う…うわ!ん………!?」


桜は声を上げる前に、少女の手で口を塞がれた。






「うるさいわ。
静かにしなさい。」






また変わった。
いや、変わったというよりも戻ったと言った方が正しいかもしれない。
怖い。
桜はそうとだけ思った。


「そんな怯えた顔しないで?
とって食べようなんて思ってないんだから…。」


少女はそう言うとわざとらしくニヤリと笑い、自分の歯に舌を這わせて見せた。
その姿はやはり年不相応の妖艶なものであった。
全身の毛がぞわりと逆立つ。
逃げなければ!そう思った時、桜の体は金縛りにでもあったように硬直していた。


「知らないの?
ウサギは草しか食べないのよ?

………ああ、でもあなた………桜だものね……?」



少女が口を開け、桜の指をその中に入れようとした。
桜は恐怖で目をぎゅっと閉じた。

「っ!」


……………


……………?


しかしどんなに待っても食べられる感覚はなかった。
恐る恐る目を開けると、少女は声を出さずに笑っていた。
ぽかんとする桜に、少女は気付いたようで


「あ、ほんとに食べられると思いましたか?」


なんて言ってやっぱり笑っていた。
雰囲気は柔らかい。
最初はぽかんとしていた桜も、徐々に顔が赤くなっていき、いつのまにか桜の口を押さえていた手がなくなっていることに気が付いた。


「いい加減にしろよ!!」


桜は怒鳴った。
しかし少女はまったく怯まない。
それどころかまた雰囲気を戻して桜に近付いてきた。
そして





「             」






何かを言った。


「……なんで……お前が……?」


驚きで硬直している桜に、少女は全てを悟っているかのように笑った。






「ごめんなさい。
私、時間がないの。 」






「おい!」


桜は少女の腕を捕まえようとした。
しかしそれは巧みにかわされ、少女は先程まで桜が掘っていた穴に入っていった。


「お前!ふざけてるのか!」


所詮人間が30分程で掘った穴だ。
そう思って覗いてみた。
しかし、穴の中で座っていると思っていた桜は息を飲んだ。


「……なんで……?」






そこは、深い深い穴へと化していた。






「いつの間に……こんっ!?」






――――トン…


下を覗き込む桜の背中を、何かが押した。






「うわぁぁぁああああああああ!!!」






桜は奈落の底へとまっ逆さまに落ちていった。










『不思議の国へようこそ。―――アリス―――。』