すると先輩が、違うよ、と笑って身体を起こした。

芝の上にあぐらをかいて、閉じた本をバッグに入れる。

パーカーについた芝を払ってあげると、ありがと、とスプーンから煙草にくわえ替えた顔が微笑んだ。



「A2棟の食堂だけで買える、レアメニューなんだよ」

「幻のプリンですか!」



なんて心をくすぐる響き。

ガラスのカップに入ったそれは、こってりと艶やかなクリーム色で、カラメルの香ばしい香りがここまで漂っていて。

女子の名に恥じず甘いもの好きの私は、つい息巻く。



「栄養士さんのひとりが趣味でつくってて、その人の気が向いた時にしか、出ないんだ。それも一度に10個とかで」

「うわあ、本当にレアですね、私も食べたいです!」



どうやったら手に入りますか? と訊くつもりだったんだけど、それより先に先輩が、いいよ、とうなずいた。

いいよ?


はい、とひとかけ乗せたスプーンを差し出されて、私は自分の発言が誤解を招いたことに気がついた。

あの、私、ひと口くださいって言ったわけじゃないです。


でも今さら、いいですなんて言ったら失礼に決まってる。

なかなか動かない私が不思議なんだろう、少し首をかしげた先輩と目が合う。

私は、いただきます、となんとか小声でつぶやき、なるべくそちらを見ないように口を開けた。


小さな子にするみたいに、先輩が食べさせてくれる。

スプーンが口から抜けていく時、思わず視線を上げると、また目が合った。

満足げにその瞳が笑う。



「うまいと思わない?」



必死にうなずいた。

ごめんなさい、味なんてわかりません。

耳が熱い。

両ひざに置いた手が、ぎゅっとスカートを握りしめていたことに気がつき、汗ばんだ手のひらでしわを伸ばした。


くわえていた煙草をコーヒーの空き缶に落とした先輩が、気持ちのいい風に顔を向けて、同じスプーンでひと口食べる。

それはもしかしたら、食べさせてもらった時よりもいたたまれい光景で、私はもう立ち去ろうと思った。

そろそろ失礼しますね、と言いかけたところに、はいと再びスプーンが差し出される。