「私はいいよ、明日で」

「大学、楽しいか?」



母と話してもらちが開かないと判断したんだろう、兄が話題を変えた。

戸棚からグラスをとると、ウォーターサーバーの水を注いで、リビングのソファに座る。

私はその足元のラグに腰を下ろして、昼ごはんができるのを待つことにした。



「楽しい、けど、まだよくわからない」

「毎日ちゃんと帰ってるか? 夜遊びしてないか」

「お母さんみたいなこと言うの、やめてよ」



脚を叩くと、兄が苦笑した。

真面目で優秀で、親孝行で妹想いの兄。

家系なのか、背はそう高くないけど、バランスのいい体格をしていて、妹の私から見ても、気持ちのいい二枚目だ。

きっと素敵なお医者さまになるだろう。


比べて私はみそっかす。

かろうじて親の希望の学校に行きはしたものの、そこで何か残せたわけでもなく。

兄のように目指すものがあるわけでもなく、かといって母のように、家庭に入って夫に尽くす自分を想像できるわけでもなく。


男に産まれなくて、よかった。

きっと女の子だから目こぼししてもらえてることが、たくさんあるに違いない。

別にそんな自分を嫌いじゃないから、いいんだけど。


でもごめんなさいって、よく思う。

理想の娘になれなくて、ごめんなさい。

大学もあんなへんぴなところを無理言って受けて、ごめんなさい。

自分にはどうしても、それが必要な気がしたの。

でもね、勝手をして申し訳ないとは思うけど、悪いことをしたとは思ってないの。

それもごめんなさい。

私はお母さんの望むようには、きっとなれない。


結果としては、その日の昼食にミョウガのおみおつけが出され、夜はハンバーグだった。

食卓につきながら、そっとため息をつく兄が、仕方ないなと笑って私を見る。



「お父さんは?」

「書斎じゃないかしら」



興味なさげに母が首をひねった。

もう、子供ふたりが家を出て、すっかり暮らしが自由になってしまってるんだろうか。

呼んでくるね、と私は広い廊下を奥へ向かった。