「…お水持ってきましょうか」
「腹いっぱいで飲めない…」
「もうお休みになったほうがいいです。洗面所の電気だけ、つけておきますね」
ありがと、というつぶやきを聞きながら、枕元のリモコンで部屋の電気を消す。
目が慣れると、障子越しの月明かりが部屋を淡く照らした。
先輩の苦しげな、浅い呼吸が聞こえる。
ごめんなさい、無理に引きとめて。
でもここで離れたら、また長い間、会えなくなる気がしたんです。
少し離れた布団から手を伸ばして、力なく投げ出された先輩の手を握った。
握り返すでもなく、拒絶するでもなく。
先輩はただ、それを許してくれた。
「…先輩」
間を置いて、ん? というくぐもった声がする。
「約束の返事を、もらってません」
また沈黙。
「…今日、来てくれたのは、少しは会いたいと思っていてくださったからですか?」
「じゃなかったら、来ないよね」
「そういう言いかたは、ずるいです」
窓側に寝ている先輩の顔が、薄暗い逆光の中で、くすくすと笑っているのがわかる。
先輩、とつないだ手をゆすると、今度は軽く握り返してくれた。
「そっちに行ってもいいですか?」
「また善さんが来ても知らないよ」
変なこと思い出させないで、とつい怒る。
昔、先輩と横になっていた時、善さんが突然入ってきたことがあった。
善さんの動揺は、相当のものだったと思う。
かろうじてタオルケットを引っかけていたとはいえ、私と先輩は、裸だったからだ。
ぐっすり寝ていた私は、飛び起きた先輩が、とっさに腕の中にかばってくれた振動で目を覚ました。