「ぼくは君に結婚を申し込んだんだよ。なのに、その舌の根も乾かないうちにアンナと婚約すると思うかい? なぜ君は、そんな馬鹿げた話を真に受けてしまった? 結局、ぼくはまったく信用されていなかったということ? で、屋敷を出た後行く先はあったのか?」

「……ええ、しばらくは」

 今のやり取りだけで疲れ切って、精神の糸が切れそうになっていた。だが、まだ彼の追及は止まない。

「一度もぼくに連絡しなかったのは、どうして?」

「……あなたには、二度と会わないと決めていたもの……」

 なのに、なぜかこういうことになっている。それこそ運命のいたずらな手によって。泣きたいのか感謝したいのかどちらだろう……。 

「なぜだい?」子爵の声が心なしか低くかすれた。

「突然いなくなる数時間前まで、君の目は一点の曇りもなく、ぼくを受け入れてくれていたはずだ。その後なぜ、せめてぼくが戻るまで待てなかった? いくら祖母が婚約話をでっちあげたとしても、ぼくに確認しさえすれば、そんな嘘はすぐわかったのに」

 しまったと思った時にはしゃべりすぎていた。問題の核心に触れられそうになり、ローズはまた固く口を閉ざしてしまった。

 エヴァンはつのる苛立ちを懸命にこらえ、額に掛かる黒髪をかきあげた。