「今は、とにかく身体を治すこと」

 ローズの目から涙が頬を伝い枕に流れ落ちた。彼の目が細められ、握っていた手に力がこもった瞬間、唇が彼の唇にそっとふさがれた。


「元気になったらたっぷりお仕置きするからね、そのつもりで」

 突然のキスに驚いて、涙も止まったローズを見下ろし、エヴァンはいたずらっぽく微笑した。

 どう応えればいいのだろう。とまどいと不思議な安心感が同時に沸き起こってくる。

 もう一人ぼっちじゃない。今はこのまま、成り行きに任せてしまおうか。そんな思いが胸を掠める。


 看護婦が病人用の食事を運んできた。

 エヴァンは上着を脱ぐと、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。

 看護婦がローズの口に薄いスープ粥を一さじ一さじ流し込む。食事が済むと再び睡魔が押し寄せるのを感じた。まだこちらを見ている子爵に意識を向け、ローズは微笑みながら眠りに落ちた。

◇◆◇

 キングスリー家の長女、メアリーはこの三日間いらいらし通しだった。

 両親に自分をそれとなく話題にしてくれるよう頼み、彼女自身も子爵の関心を引こうとやっきになっていた。

 だが当の子爵は実に礼儀正しく相づちを打って見せはするが、心ここにあらずで、必要最低限の時間以外はいつも部屋に引っ込んでしまうのだ。

 その上もっと腹が立つことには、メイドの話では子爵ともあろう方が、あのどこの馬の骨とも知れない女教師につきっきりだそうではないか。