ウェスターフィールド子爵の憂鬱な聖夜


「エヴァンは公明正大な人だわ。彼がそんなふうにあなたを『放り出した』なら、何かよほど悪いことをしたんでしょう!」

「黙れ、女! おとなしくしていないと身の安全は保証しかねるぞ」

 罵声を吐きながら近付いてきた男は、頭にきたというようにローズの顔を手のひらで力いっぱいひっぱたいた。

 身体ががくんと椅子に崩れ落ちる。目の奥で火花が散り、頭がくらくらした。

 ああ、なんて酷いことになったのだろう!

 自分の愚かさに腹が立って仕方がなかった。まんまと相手の思う壺にはまってしまったのだ。

 もう、何の関係もないエヴァンにまた大きな迷惑がかかってしまう……。

 いえ、来てくれるかどうかも怪しいけれど。

 男が懐から大きなナイフを取り出した。ぎょっとするローズの前に、鋭い切っ先をちらつかせ始める。

 心臓がせり上がってきそうなほど音を立てて打ち始めた。

 逃げようにも、ドアは人相の悪い二人の男が固めている。

 いくら待っても誰も来なければ、この男もあきらめてくれるだろうか。それとも……?

 だめ。泣いたってどうにもならない。

 ローズは必死に唇を噛みしめた。時を待とう。なんとか逃げ出さなければ。

 窓の外に、黄昏が迫りつつあった。