ロンドン市街地はその日も濃い霧に覆われていた。行き交う馬車もなく、通りは閑散としている。

 その霧を縫うように、ウェストエンドの一隅に数名の影が動いていた。

「間違いないな?」

「はぁ、確かにこちらです。旦那様が、後生大事に田舎からお連れになったお嬢さんが家庭教師をしてまさ。先日、贈り物を届けたばかりで」

「ようし、わかった。わたしと会ったことはいっさい他言無用だぞ」

「へぇ、ですが旦那、どういうわけで、ミス・レスターのことなんかお気になさるんで?」

「別にお前が気遣うことではない。これを持ってさっさと行け」

「ありがとうごぜえます」

 ポンド紙幣を手に押し付けられると、御者は嬉しそうにランタンを手にウェスターフィールド邸に向かって退散していった。