「ほう、この縁談を断るというのかね」

 ダンバード侯爵は、目の前に座る若きウェスターフィールド子爵の意外な返事に耳を疑い、思わず問い返した。侯爵の隣でアンナも息を呑んでいた。

 夜更けの侯爵家のサロンには侯爵と、今ここに戻ったばかりのアンナ、そしてアンナを送ってきた正装の子爵だけが座っていた。

「はい」

「なぜかね? わしは老レディ・ウェスターフィールドから受諾のお返事をいただいておるのだぞ。君は爵位こそ子爵だが、進取の才があり見込みがあると常々思っていたのだ。わしとしても、君が娘の婿になってくれればこんなに嬉しいことはない」

「……侯爵、お気持ちは大変ありがたく思います」 

 エヴァンは、口元にかすかに微笑を浮かべて答えた。

「ですがレディ・アンナはわたくしなどにはもったいない方です。もっと優れた紳士がお似合いでしょう」

「だが、娘も君を気に入っておる。嫁に行ってもいいと、わしにも申したほどだ」

 彼はしばらく黙っていたが、やがて覚悟を決めたように目をあげて、侯爵をまっすぐに見た。