「どうしたんだい?」

「何でもないんです。ただ、あんまり幸せで……」

 ローズは涙をぬぐって微笑もうとした。だが口からは鳴咽が漏れるだけ。

 子爵ははっとして、抱き寄せる手に力をこめた。

「何か馬鹿なことを考えているんじゃないね? 君は明日一緒にロンドンに帰るんだよ」

「無理です。もうここでお別れしなければ……」

「君は、自分が何を言っているか、本当にわかっているのか?」

 エヴァンは驚きのあまり、ローズの肩を掴んで揺さぶった。

「今更どうしてそんなことを? 昨夜の約束を忘れたとは言わせないよ」

「……約束なんか、していません」

 ローズは俯いたまま、黙って首を振るばかり。

「そんな馬鹿なこと、言わせない。君はもうぼくのフィアンセじゃないか!」

「いいえ、とんでもないわ!!」

「結婚式はウェスターの教会で挙げる。帰ったらすぐ告示を出すよ」

 彼の決意のこもった強い口調にも、ローズは無言だった。

 苛立ちを抑えて彼女を前に乗せると、子爵は馬を走らせ始めた。