冬の湖畔は人影もなく、枯れ木の梢を風がさわさわと音を立てて吹き抜けていく。

 子爵はローズとともに馬から降りると、手綱を手近な木に結わえつけた。

「ここさ」

 自分のマントで彼女を包み込むようにしながら、湖岸に立つ一本の大きな木を指差した。

「ここを昔、秘密の釣り場にしていたんだ。湖の魚を釣って帰ってこっそり頼んで料理してもらうだろう? 母に何食わぬ顔で出すのさ。全部食べ終えてから、ぼくが釣ったと言うんだ。その時の母の驚く顔がおかしくてね」

「エヴァンお坊ちゃまったら、やっぱりいたずらっ子だったんですね」

 冬にしては珍しく暖かいよく晴れた午後だった。陽光の中、二人は湖畔に敷き物を敷いて寄り添った。

 バスケットに詰めてきた昼食を広げ、たわいもないおしゃべりをしながら時はあっという間に過ぎていく。

 やがて日が傾き、寒さが増してきたのが分かった。子爵は立ち上がると、まだ名残惜しそうなローズに笑顔を向けた。

「これからいくらでもこういう時間が持てるよ。夏になったらもう一度来よう。今の数倍美しいんだ」

 答えはなかった。かすかに肩を震わせる彼女を後ろから抱き寄せて、子爵はその顔をあげさせた。頬が涙に濡れているのを見て驚く。