だが子爵と同じテーブルで夕食をとる勇気はとても出なかった。

 そのまま自室で灯りも点けずにぼんやり座っていると、ノックの音がしてドアが開いた。

 子爵が立っている。彼もさっぱりと着替え、洗ったばかりらしい黒髪が少し濡れて縮れていた。

 彼は少しの間黙ってローズを見ていた。

 やがて、そっと近づいてくると、穏やかに声をかける。

「食事は?」

 彼女が黙って首を振るのを見て、眉をひそめた。

「大丈夫かい、ショックだっただろう?」

 ローズはようやく彼を見上げた。

 窓から差し込む月明かりだけの部屋は薄暗く、少し離れた位置に立つ彼の表情は影になってよく見えない。

 何を言おうとしているのか、自分でもよく分からないまま、かすれた声がほとばしった。

「ショックって……?」

「もちろんあの犬のことさ。いや、それとも……」

 彼は一瞬言葉を切って彼女をじっと見つめた。

「ぼくがキスしたこと?」