その瞬間、ローズは息が止まりそうになった。思わず目を閉じてしまう。

 なだめるような優しい唇の動きが、高ぶった心を次第に静め癒してくれるのを感じた。風がたゆたうのをやめ、時間が静止する。

 ようやく子爵が顔をあげたとき、ローズはもう泣き止んでいた。

 あまりにも様々な感情に一度に取り巻かれ、思考が止まってしまったようだった。

 それでも少し落ち着いてくると、とにかく助けてもらったのだと理解し始める。

 近くに転がっている牡鹿と二頭の大きな犬の死骸に目を向け、激しく身震いした。

 彼が来てくれなかったら、今ごろ喉を引き裂かれていただろう。今更ながらぞっとする。

「怪我はない?」

 子爵が心配そうに問いながらローズの瞳を覗き込んだ。

 まだ触れ合っている胸から、彼の心臓の鼓動が自分と同じくらい狂ったように打っているのがはっきりと感じられる。