もう駄目! 

 そう思った刹那、威嚇するような数発の銃声とともに、こちらに向かって疾走してくる馬のひずめの音が聞こえた。

 猟犬がそちらに駆け出すや、鋭いいななきとともに栗毛の馬に乗った子爵が潅木の茂みを越えてその場に飛び込んできた。

 再び銃声が響いた。涙を流し、がたがた震えながら恐る恐る目を開くと、馬から跳び下りた子爵が血相を変えて駆け寄ってくるのが見えた。

 彼の右手に握られた小型の拳銃からは、まだ一筋の硝煙が上がっている。


 子爵は荒い息をつきながらローズの前に立つと、頭を撃ち抜かれて地面に転がった二匹の猟犬に目を走らせた。

 まだ銃を構えたまま油断なく周囲を見回し、ローズの手を引いて助け起こす。

 自分の全身でかばうようにしながら、馬の方へ下がっていった。
 ふと木立の中に動く人影が見えた。

 子爵は相手に拳銃を向けたまま厳しく声をかけてその男を止め、近づいていった。男を尋問しているらしい。

 男がぺこぺこと平身低頭謝って去っていくのが分かった。

 エヴァンがようやく拳銃を懐中に収めた。まだ緊張した蒼白な顔でローズのところにゆっくりと戻ってくる。