「たとえ両親がいても、大概外出しているかサロンで人と話している。子供が母に会いたくて行っても、すぐに追い払われてしまう。そうこうするうちに、何か期待するのもやめてしまうんだ。そしていつの間にか、自分もそんな大人になってしまっている……」

 子爵は言葉を切って、目を見張っているローズに目を向けた。

「君のご両親はいい方達だったようだね」

「はい、わたしの父はごく普通の下級官吏でしたから……。わたしも母を手伝っていろいろやりました。スプーン磨きとかパイを焼くとか。父はコーンウォール出身で、夕食をとりながらよく故郷の話をしてくれました。二人とも亡くなる前の話ですけれど……」

「子供の頃、そういうのに憧れたな」

 ほとんど聞こえないような声でつぶやくと、話は終わったというように立ちあがった。

「考えておくよ」

 書斎を出ながら、ローズは複雑な気分だった。厚かましいことを言っただろうか。彼らを取り巻く環境が自分達と違うのは当然だ。お前の知ったことではないと言われても当たり前なのに……。