ある時、ローズは廊下ですれ違った彼に思い切って声をかけた。

「すみませんが、少しお願いがあります」

 そのまま行き過ぎようとしていた子爵が、驚いたように振り返った。

「ミス・レスター、珍しいね。ぼくのことなんか目にも止まらないかと、悲観しかけていたよ」

 彼の唇に皮肉な微笑が浮かんだ。何のことか分からずにいると、彼が書斎に来るように言う。

「たまには、お茶でも一緒にどう?」

 心臓が一つ飛ばして打ったような気がしたが、ローズは何とか澄まして彼についていった。二人は書斎の椅子に向かい合って座った。

「君が来てから、もうすぐ一か月だ。マギーはしっかりやってる?」

「はい、学ぶ意欲もお持ちですし、飲み込みもお早いです。ただ集中力が少し。あのお歳で、一回一時間ものお勉強は少し負担が大きいと思うんです。しばらくの間、短くしてさしあげたいのですが」