「ちょっと来てよ」


立ち上がって美奈子を見下ろすあたしに、美奈子は不思議そうにあたしを見つめる。


「どこに?」

「あたしが離れたい理由、教えてあげる」


先を進むあたしに戸惑いながら美奈子は足進めた。

目の前にマンションが見えた瞬間に思わずため息が零れる。


入る瞬間に握ったドアノブ。

ここに入ると息苦しくなる。

描いてた理想から現実に引き戻される光景に胸が苦しくなる。


「…若菜ちゃん?」


美奈子の声で我に返る。


「あ、ごめん。どうぞ」

「おじゃまします」


相変わらず溢れかえるタバコにお酒の缶と瓶がテーブルに放置される。

買って食べたものもシンクにそのまま。

脱いだ服はそのまま。

いつもの事だから別に驚きもしない。

だけど美奈子は違った。


この部屋の光景に言葉を失ったんだろうか。

呆然としたまま部屋中を見つめてた。


「凄いでしょ、この部屋。いつもなの」

「……」

「こんなだからさ、姉はすぐ出て行ったんだよね」

「……」

「だから、あたしも出たい」

「……」

「昔はさ、こんなんじゃなかった。父が居なくなって母は変わった」

「……」

「もう嫌なんだよね。何もかも…」

「…若菜ちゃん」


美奈子の小さく声を耳に、あたしはテーブルにあるビールの缶を次々に捨てていく。

もう何もかも嫌になって仕方がなかった。

あたしは恵まれない存在なんだと思った。

本当に好きだったレオには裏切られ、本当に大好きだった親友さへもあたしを裏切った。


簡単に人は裏切る。


お母さんだって、あたしを必要とはしていない。