「若菜ちゃん、もういいよ」
「え?」
暫くしてからそう言われた声に顔を上げる。
「俺がいるからいいよ。何か予定あるんじゃないの?」
「あ、」
「時間、気にしてるから」
「あ、いや…」
無意識の内に時計を見ていたんだろうか。
「ありがと」
「すみません…お姉ちゃんにまた来ると伝えて下さい」
「うん、分かった。気を付けてね」
「はい」
軽く頭を下げて、あたしは病室を出てすぐにタクシーに乗り込んで駅まで向かった。
偶然出発しようとする電車に駆け込み、荒れた息を整えながら鞄の中からスマホを取り出した。
…16:10。
無理。間に会わない…
時間を見て思わず、ため息が込み上げる。
それと同時に、恭の事が頭から離れなかった。
今頃、どうしてるんだろうとか。
ほんとうに恭は結婚なんかしちゃうんだろうとか。
好きでもない人と…
だからと言ってあたしの事が好きな訳でもない。
ただ、それを断ろうとする女役を演じるだけの、あたし。
でも、それでもいいと思った。
恭の隣に居れるなら、その役目だけでもいいと、思った。



