神崎がライターで店内を照らした。十畳ほどに楽器が所狭しと並べられている。問題の楽譜は正面から向かって左手に無造作に積まれていた。幾分か埃が被っている。
「ここは営業しているのだろうか?」
 間宮が疑問を口にした。すると、
「してるぞ、ぬ、盗人ども」
 震えた声が背後から聞こえた。間宮は振り向き、白髪の初老の男が帚という古典的な武器を持って待ち構えていた。
「いや、違うんです。僕らはただ・・・・・・」間宮は言い訳を考えたが即座に言葉が出ない。
「勝手に入り込んで、ち、ち、違うんですはないだろ」
「変わりませんね」と神崎が初老の男に振り向いた。「そのどもり癖。お義父さん」
「しゅ、瞬君、か」と男は帚を投げ捨て神崎に抱きつき、頬ずりをした。
「楽譜を奪取しに来ました」
 神崎は初老の男の抱擁を解いた。
「神崎、これはどういうことだ」
 間宮は神崎と初老の男を見比べ訊いた。
「一年前に妻が事故で亡くなったんだ。ちょうど今日が一周忌であり、彼女が好きだった、ビートルズの『I've Just Seen A Face』の楽譜を奪取し、一晩中アコギを弾こうかなと思ってね」
 なるほど、と間宮は納得する。タクシーでの神崎の陰を差した表情に合点がいった。
「しゅ、瞬君は、相変わらず奇想天外なことを考える」
 初老の男は言った。
「そうかなあ」と神崎が首を傾げ、「たしかに『襲撃』という言葉はいささか攻撃的だったけど、身内だから僕にとっては『訪問』と同じ意味です」楽譜の束を漁りだした。
「最初から『訪問』って言えばいいじゃないか」と間宮は苦笑まじりにいった。そ、そうだ、と初老の男。
「それじゃ面白くない。『訪問』じゃ間宮は来なかった。『襲撃』という言葉に君は導かれたんだよ」と神崎は一枚の楽譜を手にとり、アコギを一本握り、椅子に座った。チューニングを合わせ、カウントを取った。あっという間の出来事に間宮は心を奪われていた。音が鳴り、寒々しい店内に温度が蓄積され、甘いメロディーが空間を包み込む。『I've Just Seen A Face』が神崎の手によって奏でられる。
「妻は『夢の人』になった。いついつまでも」
 その一言が間宮は印象的であり、深密に心の内奥を照らした。