資料室の奥。
異世界の物や、古文書など、まだ解読が成されていない書物が陳列された棚。
神族の関連の資料がないかと入り込んだのが二時間前。
遅々として進まない成果に、溜め息が溢れた。

「悩み事か?」

聞こえてきた声に驚いて、周りを見回す。

この声は…。

冷静になって気配を探れば、一つ後ろの通路だ。
覗きこむと、そこには突き当たりの壁を背に、床に座り込んで本を読むフィリアムがいた。

「…フィル様…また抜けて来たんですか?」
「ふっ、休憩だ」
「…いつから…?」
「かれこれ三時間になるか?」
「……そうですか……」

何てマイペース。
いや、むしろ正しい姿なのかもしれない。
人と違い、長い時間を生きる者達は、本来時間に追われて仕事をしないものだ。
気が長いと言えば聞こえは良いが、長すぎるのも考えものだ。
佐紀が、人と魔族で悩むのも、無理はないかもしれない。
明らかに時間の流れの違う父親を見ていれば、不安になるだろう。

「…フィル様のせいだ…」
「何だ?」
「いいえ…」

月陰の者は、時間を効率的に使おうとする。
短い時間で処理できれば、次の仕事に取りかかれる。
仕事は、掃いて棄てる程あるのだから、これが月陰のモットーだ。
これは寿命の短い”人”と同じ考え方だろう。
だが、フィリアムと、夜陰代表の御影は違う。
サボり癖と言うより、長く生き過ぎて、時間の感覚が狂っているのだろう。
そう考えると、仕事中毒気味のマリュヒャは、変わっているのかもしれない。

「それで?
何だってうちのお姫さまは、重い溜め息なんてついてたんだ?
サキュリアと喧嘩でもしたか?」
「してません。
っと言うか、一緒に寝ろって何ですかっ。
ようやく婚約までこぎつけた実の息子に、どんな試練を課してんですっ!?」

佐紀は、未だに手を握るのにも緊張してるのにっ。

「〜っ…孫の顔が早く見たいと言う親心を理解してくれよ〜ぉ」
「っその前に、息子の気持ちを理解してやってくださいっ」

まったく、これがあの佐紀の父親だとは…。

「それで?
何か探し物か?」

隣へ座れと言われ、壁を背に並んで床に座る。
体を冷やすといけないと、上着を下に敷いてくれる気遣いは、やっぱり佐紀の父かと思ってしまった。

「フィル様は……」
「パパと呼んでくれないか?」
「……フィル様は、神族をご存知ですか?」

『パパ』って呼ぶくらい良いじゃないかとか聞こえるが、あえて無視だ。

「神族なんて調べてどうする……ん?そう言えば、マリューのあれは……」
「マリュー様がどうしたんです?」

マリュヒャとまともに顔を合わせたのは、約十日前。
こんなに長い間、連絡一つできないのは初めてで不安になる。

「何だ、聞いてないのか?
記録にない魔具が見つかってな。
大陸では今、それですごい騒ぎだ」
「魔具?」
「あぁ、完全に暴走しているらしくてな。
村が幾つか消えたとか。
こっちに依頼があったんだが、管轄としては夜陰の方になる。
ただ、調べると、どこにも記録がないんだ。
月陰には勿論、ヴァチカンにもな。
奇跡狩りの奴らが動いていたんだが、それもキレイに消されたらしい。
それで、マリューが探しまくって、ウィナを捕まえて、術式の解読をしたんだが、どうやらこの次元のものではないらしい。
考えられるのは神族…と言う結論が昨日ようやく出た」