「お帰りなさいませ、結様」

転移の魔方陣を通り抜けた先は、月陰会本部の入り口。
後ろには、ゆっくりと閉じようとする入り口の大きな扉。
中の者には、今まさに扉を開けて入ってきたように見えると言う訳だ。
出迎えてくれたのは、月陰の全ての施設を管理する者の一人。
管理人の中で最も若い、今年五十才になる、”人”の滝さんだ。

「結様、今日はこちらにお泊まりですか?」
「うん。
よろしく」

そう言って、正面の階段を上がる。
入り組んだ建物の中を上へ上へと上っていき、目的地である黒い豪華な扉を開けた。

「マリュー様。
今戻りました」
「結か?
ご苦労だったな。
今日はもう良いから、休んできなさい」
「はい。
?エリーはどうしたんです?」

第二秘書のエリーザが部屋にいない。
確認の為、本部内の気配を探っても、留守だ。

「あれにも休ませた」

休ませた…?
秘書を先に?

「……なぜマリュー様は一人で仕事をしているんですか…?」
「………」

素知らぬ顔で、仕事に向かうのを見て、呆れて目を細める。

「お目付け役のヒューが居ないからと言って、好き勝手されては困ります」

仕事で第一秘書のヒューリスが不在な今、何かと口煩くする者がいないのは、マリュヒャにとっては気楽らしい。
溜め息をつきながら、脇に設置された小さな机へと足を向ける。
その中央に置かれた特殊な水盤に手をかざすと、水の中に光のスジが浮かび上がり、『真紅結華―06:25』と表示された。
これは、今回の勤務時間だ。
この特殊な水盤は、勤務時間を管理する物。
そのまま意識を集中すれば、次に浮かび上がったのは『マリュヒャ・リデ・ファリア―21:53』の表示。

「……マリュー様……」
「……っ……」

この人はもぉ〜ッッ。

「っマリュー様ッ完全に過剰勤務じゃないですかッ」
「…問題ない…」
「ッ大アリですっ。
分かりました。
貴方がそうなら、私もこのまま仕事をします。
夜陰なら、これからの時間が忙しいでしょうし?」
「っ…まっ…っわ…分かった…。
今日はもう休む……」
「そうですか。
では、ご自宅までお送りします」
「っ〜…っ」
「お休みになられるのを確認したら、私も休みますね」
「っ…わかった…」

思惑通りの反応に、ニッコリと笑って帰り支度を始めた。


玄関ホールには、先程と変わらず滝が番をしていた。

「お疲れ様です、ファリア様。
ご帰宅ですか?」
「ああ…結も今夜は私の屋敷に泊まる。
頼んだぞ」
「?……」

さらっと言われた事に首を傾げる。
だが、滝はそれが当たり前のように言葉を返してきた。

「かしこまりました。
寮監の方にはこちらから連絡いたします。
お休みなさいませ」

笑顔の滝に見送られ、マリュヒャに続いて外に出ると、その背中に問いかけた。

「お屋敷に泊めるなんて…シェリー様が亡くなられてからはなかったですよね?」

使用人がいたとしても、男性であるマリュヒャの屋敷に泊まるのは遠慮していた。
真面目なマリュヒャなら、世間体を気にすると思ったからだ。

「……娘を連れ帰るだけだ。
それに、律も会いたがっていた」
「そうでしたか…」

その言葉に、まるで救われたように感じるのはなぜなのか。
この時の私にはわからなかった。