研究室の扉に手を掛けると、微かに魔力の気配がした。

「戻りました…」

恐る恐る奥へと進むと、美輝と雪仁さんの前に、光の球が浮いていて驚いた。

「おぅ、おかえり結ちゃん。
先に言ぅとくが、色々と話てしもぅた」

色々ってどこまでだ?
この調子だと、魔術と…私の能力か?

「っおねぇちゃんッ。
精霊さんを見せてくださいッ」

もの凄い勢いで詰め寄られ、数歩後ずさる。

「…なんで…」

何でこんな事に?!

けれど話してしまったのなら仕方がない。
光の球を見ても動じていないならば問題はないのかもしれない。
それに、もし信じられなくても、人間は都合良く出来ているから、夢か幻で解決できる。

「…っはぁ…仕方ない…『黒狼』」

喚び掛けに応え、床に黒い影が出来る。
そこからにょきっと突きだした口が生えた。
そして、次の瞬間には黒い影が飛び出し、トンっと軽やかに床に四つ足を付けて着地した。

《ふむ…姫にしては珍しい。
昼間に屋敷の外とは。
それに…ヴァラルの翁ではないか…?
そちらは…確か妹君か…》
「久しぶりじゃな、黒狼。
こうして会うのは何年ぶりじゃ?」
《前の主の時代であるから…三百年程か。
変わらぬな》
「それを言うならお主もじゃ」

わははっと笑う一匹と一人に、他は若干取り残され気味だ。

「…三百?
……犬が喋って…っ」
「モサモサ…黒いワンちゃん…っ触りたいっ」
《ふむ?
妹君よ、我の姿は犬ではない。
狼だ。
触っても良いぞ》
「っわぁっ……っモサモサっ温かぁ〜いっ」
《我は地の精。
熱を感じるのも道理。
そなたも触りたいならば構わぬぞ》
「っでは…失礼します…っおぉ〜」

面白い事になっている。
まるで公園で犬に触れる子どもを見るようだ。

「これでは犬と変わらんな」
「同感です」
「昔はあんな具合に触らせなんだが…?」
「あれで面倒見が良いので、律の子守りを頼んだんです。
人型にもなれますが、成人男性の姿では怖がるだろうと、あの姿でずっと…それで免疫がついてしまったようで…」
「っわっはっはっはっ、なんとも微笑ましい光景じゃなぁ。
そうかっあの黒狼に子守りをなっ」

ものすごくツボにはまったらしい教授は、腹を抱えて笑った。

《姫よ。
そろそろ律が目を覚ます頃だ。
帰るが良いか?》
「うん。
悪かったね。
今日は早く帰るって、律に伝えておいてくれる?」
《ふむ。
ならば仕事中毒の御尊父も連れてな》
「わかった。
…連れて帰る…」

満足気に頷くと、地に溶けて消えた。

「っ消えたっ。
帰っちゃったの?」
「うん。
子守りがあるから」
「っブぁッはっはっはっ、ひっ結ちゃんは凄いのぉっ。
昔はあんなに喋りもしんかったぞぃ」
「うん?
そうだったかな?
今は口煩い母親みたいだけど?」

そしてまたツボにはまるのだった。