「やはり駄目だったか…」
「オレが辿り着いた時には、虫の息でなぁ。
こればっかりは仕方ねぇだろ」

月陰会、その一室。
密談用の小さな部屋には、月陰の幹部が、沈痛な面持ちで円卓を囲んでいた。

「それで、痕跡ぐらいは見つかったのか?」

いつもは飄々としているフィリアムも、今この時だけは別人のようだ。

「魔術の気配が色濃く残っておったな。
理に反した反動もあったようだ」

その言葉に眉を寄せ、隣に座る妻に声を掛ける。

「どうだ?サミィ。
分かりそうか?」
「ええ…。
やっぱり、間違いないみたい…」

『解析』と『透視』の術を組合せ、限定された過去を手元の水晶玉に映していたサミューは、辛そうに顔をしかめた。

「神族が保有する、特別な聖水が欲しかったみたいね。
息子さんが居たわ…病気だったのね…。
治療薬に必要だったみたい…」
「あの場に息子なんぞ、居らんかったが?」

凛之助が首を傾げながら記憶を探る。
あの場にあったのは、多くの薬品と、瀕死の魔女だけだった。

「……亡くなったみたいね…それも、その神族の女に殺されたようだわ…。
彼女、何かしようとしていなかった?」
「どうだったか…?
朱火。
何ぞ気付いたか?」

朱火と呼ばれた青年が、ふっと凛之助の背後に現れた。

《小さな壺がいくつか置いてあったのだが…その一つずつに、魔術の気配があった。
あれは、凛の探索の術式に似ている》

床の一角に小さな壺が、無秩序に置かれていたのを思い出す。

「…確かに…無造作に置いてあるだけかと思ぅたが、術の為の配置だったかもしれん…」
「あの神族の女を探していたのか…。
サミュー、ウィナに術式の解析をさせる。
その場の映像を記録しておいてくれ」
「分かったわ」
「フィリアム…確か、ラーナに連絡できたな」
「できる…が、時間は掛かるぞ?」
「できるだけ急いでくれ。
一人魔女が死んだとなると…現状では二人か…サミューは何ともないのか?」

記録が終わったと、一息ついているサミューに声を掛ける。
彼女は、何でもないと言うように頷いた。

「今は問題ないわ。
けど、確かに不安ね…いざ問題が起きた時に、耐えられる自信はないわ…」

魔女の役目であるこの次元の守護。
最低でも、三人の魔女で支える必要がある。
勿論、それぞれの力は異なる為、負担する割合も、それぞれ違うのだが…。

「ラーナちゃんも私も、まだまだ余力があるけど、バランスの問題よね…」
「魔女の選定を後回しにしたのは、私の失態だ。
悠長に事を構えすぎた」
「魔女がこうもあっさり死んでいくとは予想外だったからなぁ。
お主の妻も、悪ぅなって間もなくだったしな…」
「ああ…何かあると思うか?」
「今は何とも言えんなぁ…だが、無視はできん…」

確かに妙ではあった。
病だったとは言え、治療する手立てもなく逝ってしまった妻。
どんな魔術でも、原因がわからず、ただ天命であったとしか言えなかった。
今回の事にしてもそうだ。
そもそもの死因が明らかではない。
調べさせてはいるが、分かるかどうか…。

「とりあえず、魔女の選定は始めるわ。
ラーナと連絡が取れたら、次元の穴がないかチェックしなきゃならないし。
候補者のリストは上げておくわね」
「そうしてくれ。
先を考えると、三名は欲しいな…」
「そうね…五人で支えるのが、最も安定するわね」

少し前までは、十数人居た魔女たちも、一気にその数が減ってしまった。
やはり寿命だと見ればそうかもしれないが、確信は持てない。

「同時に、歴代の魔女達の死因を調べさせよう。
杞憂であって欲しいが…。
サミューも気を付けてくれ」
「分かったわ」
「なんだぁ?
物騒じゃねぇか…」