月陰伝(一)

「おはよう。
…どうした?結華…?
おかしな夢でも見たのか?」

傍らで身を起こし、覗き込むようにして訊ねてくるマリュヒャに、まだはっきりしない頭で答えた。

「…シェリー様に脅された夢を見た気がします…」
「…それは……災難だったな…」

そんな本気で気の毒そうな顔をしないでください…。

今思えば、シェリル様には、かなりの頻度で無茶な事をやらされていた。
あの可愛らしい笑顔に騙されがちだったが、無邪気な中に悪意を感じる時があった。

父さんの性格が悪くなったのって…ロンドル師匠の影響だけじゃないかも…?

かなりの比率をシェリル様が占めていそうだ。
そう言えば、こっちに居るときはシェリル様と図書室に入り浸っていたと思い出す。

「大丈夫か?
顔色が悪いぞ?」
「…いえ…人を形成する要素は、やはり環境にあるのかと思案していました…」
「?…」

ゆっくりと身を起こし、隣で意味が分からないと言うように、眉をひそめるマリュヒャに、笑顔で答えた。

「子どもは、産みの親より、育ての親の方に似ると言う事です」

そう言うと、マリュヒャは嬉しそうに目許を和らげた。

「ならばお前は、瑞樹よりも私に似ていると言う事だな」
「ふふっ、仕事好きな所は否定しません。
意外と好戦的な性格もお父様と同じですね」

その言葉に苦笑しながら、立ち上がったマリュヒャは、そっと私の頭を撫でた。

「なるほど。
細かい根回しができる所と、一見して分からない激情型は、シェリルに似たな」
「…よくご存知で…」

今度はこちらが苦笑するはめになった。
マリュヒャはその反応を楽しんで、まだ眠る律の頭を撫でる。

「これは間違いなく私似だ。
それと、お前に似たな」

愛しそうに撫でる様子に、自然と笑みが溢れる。
満足したように手を離すと、時計を見て言った。

「私は本部に行く。
お前は今日もまだ出掛けるな。
私も早く帰って来よう」
「…天気が良いみたいですし、シェリル様のお墓参りに行きたかったのですが…?」
「ふむ…それくらいは良いだろう。
そうだ。
良い機会だ。
律も連れて行ってやってくれ」
「はい」

最後に額に口付けを落とし、マリュヒャは出掛けて行った。


律と午後までゆっくりと過ごし、夕方、色とりどりの花が咲き乱れる丘の上に立っていた。

「かぁさまがねむってるんですか?」
「そうだよ」

律を連れて来たのは初めてだった。
マリュヒャは今でも必ず一人で訪れる。
私自身も、一人で来る事が常だった。

「さぁ、律、挨拶しましょう」
「はいっ。
かぁさま、はじめまして。
りつといいますっ」

元気に挨拶をする律の頭を撫で、律と同じ高さになるように膝をつく。

「シェリー様、貴女の息子です。
この子は私が強い子に育ててみせます。
いずれ、『あの白翼の魔女の息子だ』と言われるように…」

きっとシェリーが望んだような息子に育つ。

シェリー様が育てた私が育てるのだから、絶対ですよ?

「ねぇさま、『はくよくのまじょ』ってなんですか?」

律が不思議そうに首を傾げていた。

「白翼って言うのは、白い翼…天使って言ったら分かるかな?」
「てんし?
まっしろなハネのはえたひとですか?」
「そう…。
シェリー様は、魔術で羽根を生やして、空からの攻撃を得意としてた…っとお仕事の時ね。
とっても白の似合う人だったな…。
屋敷に戻ったら写真を見せてあげるね」
「はいっ」

空から舞い降りる天使とも、絶望を与える悪魔とも言われた『白翼の魔女』。
人として生まれながら、その枠を越えて魔女にまでなった人。
享年、百八十七才。
最強の戦女神。

「私も、貴女の娘になりましたよ…」

あの優しい日溜まりを思い出しながら、笑顔を浮かべて報告したのだった。