月陰伝(一)

これは懺悔だ。

「真白さん、娘さんは帰られたんですか?」
「うん。
この後、用事があるみたいで…さっき迎えが来たよ」
「そうですか…。
確か、ユイカちゃんって言いましたよね?
あの年でとっても礼儀正しくて、可愛いと言うより綺麗な子ですね」
「うん。
大きくなったらきっと大変だと思う。
まぁ、いざとなったら僕や、心配性の僕の友人がどうにかするけどねぇ」
「ふふっ、親バカな心配だと言ってやりたいところですけど、実際そうなりそうですよね」

そんな看護婦との会話を、娘は知らないだろう。
会いに来ても、最近は目をまともに合わせられない。
素っ気ない返事しか返す事ができず、会話なんて成立しない。
娘も分かっているのか、最小限の会話に止め、部屋の隅で持ち込んだ本を読んで過ごす。

きっと結華は、僕を好きではない。

当たり前だ。
惜しみ無い愛を与えた事がない。

こんなにも愛しているのにっ……笑顔を向けてやれない…っ。

なんて下らない父親だろう。
愛し方が分からないわけではない。
けれど、どうしてもブレーキが掛かる。
それは、忌々しい血のせいだ。

「…何で継いじゃったんだろう…」
「別にお前が悪い訳ではないだろう」

呟きに対しての返事があった事に驚いて入り口を見る。

「何だ?
手紙を書いていたのか?」
「うん…マリュー…結華がそっちに行ったはずだけど?」
「あぁ、顔を合わせてから来た。
変わりないか?」

友人であるマリューは、出会って十数年。
彼の今までの人生からすれば、ほんの一瞬の瞬きに等しい。
親友と呼べる友人が人ではないことに、今更ながらおかしな気分になる。

「マリュー…なんて言うか…スーツは似合うんだけど…似合わないって言うか…」
「?相変わらず、お前の言う事は分からん」

普段の服装が現代離れし過ぎていて、スーツなど着ていると、変な感じだ。

「結華は笑顔で、『よくお似合いです』と言ってくれたぞ」
「っズルいっ」

僕の娘なのに、マリュー達の方が気に入られているとは…っ。

「最近は笑ったところも見てない…」
「お前が悪い。
そろそろ大人になれ。
いつまでもグズグズと…受け入れるべき事から逃げるのは感心せんな。
結華の方がよっぽど大人だ」
「…っ分かってるよっ。
自分がこんなに狭量だなんて知らなかったんだ…」

この身体に流れる血を恨んで生きてきた。
生まれた事を後悔した事も一度や二度ではない。
だから、すんなりとこの血を受け入れ、能力と折り合いをつけだした結華を見ると、一種の反発心みたいなものを感じてしまうのだ。

「お前の狭量は、今に始まったものではない。
自覚が出来たのは良いことだな」
「っ…うっ…」

言い返せない…。

「それは結華への手紙か?」

僕の手元の手紙に目を向けたマリューが、片眉を上げながら言った。

「ううん…これは妃さんの再婚相手に…っ」
「…そんな憎々し気に…呪いの手紙か?
お前…また見えたのか?」
「うん…ホント、最近ははっきり見えすぎて気持ち悪いよ…夢見専門の紗綾姫を心底尊敬する…」

今日見たのは、妃さんとその再婚相手、それとその息子達に、大きくなった僕の次女。
その中に結華は居なかった。
みんな笑顔で食卓を囲んでいた。

「っくそっ、妃さんは僕の妻なのにっ」
「見舞いにも来ない妻だがな」
「っ…本当に…どうしてこうなっちゃったんだろ…」
「寂しい余生だな」
「っはっきり言い過ぎだよっ。
親友でしょ?!」
「真実だからな。
大丈夫だ。
すぐに生まれ変わって来い」
「…それって頑張ってどうにかなるものなの…?」
「心掛け次第だ。
その為にも、憂いは払っていけ」
「…どうやって…?」

相変わらず無茶な親友だ…。