扉の前に陣取っていた二人の男を伸した後、扉に手をかけようとして、その手を止めた。
聞こえてくる喧騒。
中の気配。
それらは、今開ける事を躊躇われるものだった。
そして、見取り図を思い出す。
扉から離れ、会場に続く残り二つの扉へ向かう途中、ある部屋の前で立ち止まった。
気配を探っても、誰もいない。
ゆっくりと静かにその部屋の扉を開ける。
ここは、会場よりは一回り小さいが、何もないダンスホールだ。

「…暖房も効いてる…ここなら、全員入るか…」

眩しい程の電気も付け、安全も確認する。
そして、通信具に手を当て、佐紀を呼び出した。

『っ結っ怪我はないか?』
「…しないよ…」

何だろう…最近…婚約してから、前にも増して過保護になったような…?

『結?』
「…うん。
これから、大元を叩く。
乗客を全てダンスホールに避難させるから、佐紀も操舵室にいる乗務員を連れて来て。
一ヶ所にいてもらった方が、何かあった時にすぐに対処できる。
頼んだよ」
『いや、結一人では…っ』
「それと、雷光は戻す。
後は頼んだからね」
『っ……分かった…』

少々強引だが、これであちらは良し。

ホールを出て、扉を守るように立っていた男達を、全員縛り上げる。
それから、ホールに最も近い扉に細工を施す。
ホールまでの道も、脇道に入れないように 結界で一本の通路を創った。
全て万端準備を整え、最も人の目についていないだろう壁に手をついた。

「〔ティブス・ダルス〕」

展開された魔方陣に吸い込まれるように、壁をすり抜け、会場に降り立つ。

「扉の事は、恐らく外に行った結ちゃんが何とかしてくれます。
ですが、このパニック状態の人々を、このまま外に出すのは危険です」

聞き慣れた声に振り向くと、母達の姿があった。

「そうよ。
昔……こんな状況に出会った事がある…。
その時は、船も沈む寸前で、あちこち火の海だったわ…。
けど、その火や爆発によって亡くなった人はいなかった。
最も死者を出した原因は、パニックを起こして、船から飛び出した事…」

母のその言葉を聞きながら、笑みがこぼれた。

「この人達を鎮めなくては、どのみち助かりませんね…」
「そう言う事です」
「っ……結華ちゃん!?」

驚く彼らに、遅くなったと詫び、先程までしていた話を繋いだ。

「雪仁さんと母さんが考える通り、このパニックをどうにかしなくてはなりません。
集団心理とは、時に全滅さえ起こしかねないですから」

冷静になれないこの状況。
命の危機が迫っている時、人は更に判断力が鈍くなる。
ただ一つ、生きたいと言う意思のみでの行動は、他人を切り捨てる。
だからこそ、思わぬ行動に出る事があるのだ。

「でも、どうするの?
話を聞いてくれそうにもないよ…?」
「うん。
大丈夫、何とかする。
先ず、これを見てください」