深夜。
満月に近付いた月が、煩いほどの光を反射している。
林立するビル群を縫って、未だ人々は喧騒の中にいた。
しかし、そんな人々を見下ろすように、その高いビルの屋上で夜の風を纏って立つ人影があった。

『第一部隊、ターゲット接触まで後三分です』
『『「了解」』』

インカムから聞こえた声に応え、月の光を浴びるように上を向いて目を閉じる。
白い光が瞼を通し、まるで一人、光の世界に身を置いているようだ。

『結〜ぃ、暇だよ〜ぉ。
何か面白い話ない〜?』

緊張感のない声に笑みが溢れる。

「蘭…もうすぐだよ?
あ〜でも…そうだな〜ぁ。
面白い話か〜あっ実は今日、親に勘当されて家を追い出されました〜ぁとか?」
『『『はいぃ???』』』

おお、意外とみんな聞いてたか。

『結ッ、どう言う事だっそれっ冗談だよな?!』
「ははっこれが本当なんだな〜。
気にしなくて良いよ、刹那。
ほら、時間だ」

無理矢理話を切り上げれば…。
接触予想時刻。

『情報部より〜。
ターゲットは、二手に分かれた模様〜。
結さん、フォローお願いします〜。
B地点に八人で〜す。
データ転送しま〜す』

直後、頭に直接映像が浮かぶ。
場所とターゲットの顔を記憶する。

「確認した」

ようやく動ける。
じっと待つのはやっぱり苦手だ。
地味な仕事だけど、それでも多少の気晴らしにはなる。

「行きますか」

トンっと足を踏み鳴らし、そのまま屋上から空中へと飛び出した。
勢いよく飛び降りたが、落下は有り得ない程、ゆっくりだ。
まるで羽毛がフワフワと落ちるように、風に乗って降下する。

「風鸞っ」

呼びかけに応え、風が大きな鳥の形をとる。
同時に左手を前に突き出すと、手首にはめられた腕輪から薄いリボンの様な紐が現れた。
フワリと着地したのは、その鳥に付けられた鞍の上。
同時に、手首から伸びた紐が鞍と繋がり、手綱となる。

「頼むよ、風鸞」
《お任せください。
我が主》

頭に直接響く声に頷き、ビルとビルの間を縫うように飛ぶ。
地上の人々から見えないように不可視の術はかけてある。
一瞬の風となって感じる以外は確認できないはずだ。
変わらず夜の街で過ごす人々を見下ろしながら、目的地へと向かう。
繁華街を一本中へ入った裏道。
何かに追われるように駆ける、男女入り交じった八人の人影。
頭すれすれを目掛けて降下すれば、爆風となって彼らを背後から襲った。

「ッうわっ」
「っっくぅっ」
「っきゃっ」

各々小さく呻くような声を上げて、その足を止めた。