山影さんの話を聞いて、気が重くなった私はそのまま帰りたくなった。

だけど、今日も蓮にお店に来るようにって言われてるから、行かないと。



……まさか蓮が、私と山影さんが会ってるところを見てたなんて。



鉛が入ったように重くなった手を伸ばし、[パスクィーノ]の扉を開けた。


いつもの店内なのに、今日はまるで水の中を歩いているようにもどかしいぐらいに足が動かない。


カウンターの隅に座ると、蓮がこっちにやって来た。


……どうしよう。やっぱり、山影さんから聞いた話は蓮にはできない。

それに、他人の悪口を言うような事をして、嫌われても嫌だよ。


なんて言葉を紡げば良いのか分からずに俯いた私に、先に話をしてきたのは蓮の方だった。


「仕事、こんなに遅かったんだ?」

「あ…うん、ごめんね。ちょっと仕事が遅くなって……」

……仕事なんかじゃないよ。

でも、とても大事で、苦しい話を聞いてきたの。それを蓮に言うわけには……。



「仕事じゃねーだろ。なんで俺に隠れて山影と会ってんだよ!?」


蓮、知ってたの!?


あの場所に、蓮もいたの!?



「ごめん、蓮、聞いて?あの……」


蓮は私と山影さんの事を誤解してるみたいだ。


それだけは、違うから。



間違いなんか、絶対しないよ?浮気なんかしてないよ……。


本当は、蓮に全部話してしまいたい。


こんなに苦しい思いするの、辛いんだよ……。


「……もういい。帰れよ」


蓮の冷たい一言が、私の心を突き刺した。


俯いたままゆっくりと後ろを向き、もと来た道を引き返す。


いつ家に帰ったのかは覚えていない。


それだけ虚ろになってしまったんだ、自分の心が。



携帯に残されたメールを見たのは翌朝の事だった。



蓮からのメール。



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俺ら、しばらく距離を置こう。


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……誰かを、こんなに好きになるなんて思ってもみなかった。


こんなに哀しい気持ちがあるのも。


それでも、私は蓮が好きだから、言いたいことも我慢しなきゃいけないんだ。


涙を流すまいと唇を噛み締めて、そのメールに返信することを止めた。