「君が話していいと思える時に話してくれればいいよ。このくらいの年齢になれば、それなりの過去は背負ってるだろうし。僕だってそうだよ。一生君には語れない過去を引きずって生きてる……」

そう言った堤さんの顔は、本当につらそうだった。
彼は仕事を離れてまでこんな顔をして過ごしてきたんだ。
そう思ったら、誰が何と言っても私だけは彼の味方でいたいと思った。

人間への警戒心が完全に解けた訳では無いし、前夫との傷っていうのは別の場所でまだ残っていたけれど、堤さんとのお付き合いっていうのは私の心に確実に暖かいものを送り込んでくれていた。
積極的に誘ってもらわなかったら、堤さんとこうやって近くで過ごすことなんか多分あり得なかった。
そう考えると、泣いて車を降りると大騒ぎしたあの夜は私にとって実はすごく大事な日だったような気がする。

甘いキス。

キスは甘い。

……どっち?
きっと、心が溶けるとキスは甘くなるんだと思う。

私達は薄暗くなってきた部屋の片隅で、何度もキスの味を確認しながら胸を高鳴らせていた。