だから、あの人の研究室でデータ操作をするという仕事は、OSを習得するより私の心をブルーにさせていた。

 それでも、離婚直前の地獄のような苦しみを考えたら、仕事だって割り切って生きることはそれほど苦痛ではない。
 むしろ会社で多少嫌な目にあっても、自宅でくつろげる毎日の方がましだ。

「乙川です。今日からここで働かせていただきます」

 私は改めて堤さんの研究室に入って、頭を下げた。
 資料の山に埋もれた彼は、本の隙間から私をちらっと見て「よろしく」とだけそっけなく言った。

 とりあえず用意されていた机について、PCを立ち上げてみたけど、何をやればいいのか皆目見当がつかない。

「あの……」

 いつまでも座ってばかりいるわけにもいかず、私は恐る恐る堤さんに声をかけた。
 すると、目線はパソコンに向いたまま「何?」と言う。

「OSを習得しろって言われたんですが。何から始めればいいですか」

 私がそう聞くと、堤さんはおもむろに立ち上がり、膨大な資料が並ぶ棚から数冊の本を抜き出して私の机に投げてよこした。

「それ、マニュアルだから。まずはPCに入ってるLINUXを習得しといて。UNIXは下手に触れられたくないから、後で簡単に教える」
「……はい」

 ニッコリ笑って丁寧な指導を受けられるとは思ってなかったけど、まさか本当にこんな無茶な人だとは思わなかった。
 ウィンドウズだって怪しいのに、LINUXを自分で習得しろっていうのは相当きつい。
 第一、コマンド操作っていうのが分からない。