月宮天子―がっくうてんし―

ドシン、ドシン、ドシン――と地響きをさせながらヒグマは愛子らの近くまで駆け寄り、止まった。


「今度は、月島の野郎かぁ」

「――『天泉(てんせん)』だな」

「んんっ? おまえ、宝玉を持ってるなぁ。若様が喜ぶぞぉ。グフフ……それも頂きだぁ」


なんと、蓮は左手に『黄玉』を掴んだままなのだ。


「カバンとか……ポケットにしまったら?」

「可能ならやってる。愚か者め」


愛子はカチンと来た。

とはいえ、目の前に転がる『翠玉』を掴むほど、愛子も馬鹿じゃない。

だが『翠玉』がここにあると言うことは、海の胸から飛び出したということで、それが意味することは……。


(まさか、カイの心臓が止まった?)


蓮が巨大ヒグマ天泉は正面から睨み合っている。それを横目で見ながら……。愛子はゆっくり後退した。

サッと脇道に入ると、海の名を呼びながら走った。

愛子が背負ったデイバックには、海の着替え一式が入っている。海に持たせても意味がないからだ。それが無駄にならないことを願いつつ、愛子はひたすら海の名を叫んだ。


「カイーッ! 返事してよ! 死なないでぇー! まだ、好きって言ってないのに!」


聞かれたらどうしよう、なんてことを考える余裕もない。

初めて通る道だ。自分の位置すらよくわからない。それこそ適当に駆け回り、養護老人ホームと矢印の書かれた看板の下を曲がった瞬間、裸の背中が目に入る。

それは……人聞きは悪いが、最近見慣れた海の裸であった。