夏休みの魔法



あたしは黙って立ち上がる。


「なんでこんなところにいる、か…。それはこっちが聞きたいことですね」

「なんだと…?」


お父さんは眉を寄せる。


「シワになりますよ?大切な商売道具が」


あたしは皮肉っぽく笑ってみせた。


「優来、話をそらすな」


「僕は優来なんて名前じゃないですよ」


「何を言っている。お前は優来で、女だ。そんなお前が、なんでこんな場所にいる。髪はどうした」



厳しい顔つきの父親を見据えて、負けじと睨む。




「僕は、優来じゃない。千来だ」




「…じゃあ質問を変えよう。どうして千来という名前なんだ」








「……幾千の未来を、僕にくれるんだって…。あんたが、名付けようとした名前だよ」



すると、お父さんはなぜか驚いた顔をした。




「…僕はなんで自分がここにいるか知らない。何も知らされないまま、ただ入れと言われた」



「…お母さんが、言ったのか?」




「そうだよ」





お父さんは額に手をあてて、ため息をついた。