夏休みの魔法


なおも木崎さんに迫り来る、報道陣。


リアルタイムではなく、雑誌関係だろう。


さすがにそこまで大事ではない。



木崎さんは、やましいことは何もないはずなのに、何も言わない。


…こういうとき、どうすればいいか。


それは俺たちなんかより、木崎さんがよく知ってる。



木崎さんが、にこっと笑った。


その瞬間、すべての音がピタッと止む。


「…今回のことは、私から言うべきことは何もないと思いますが」


「ですが、この写真はなんですか!」


突き出された雑誌には、『木崎重吾、熱愛!』の文字がでかでかと書かれていて、上野さんを抱きしめる木崎さんの写真があった。


「それは共演者のみなさんと食事に行った帰り、上野さんが酔っていてフラついたところを受け止めただけです。ちなみに、その場には他の共演者さんもいらっしゃいましたよ」


悠然と言う木崎さんに、報道陣は何も言葉が続かなかった。


「…これで、聞きたいことはおしまいですか」


木崎さんが歩き出したとき、またも声が投げかけられた。


「あなたには奥様がいらっしゃいますよね!奥様には今回のことに関して、何か言われましたか!?」


この質問が言われたとき、それまで余裕だった木崎さんの表情が一変した。


笑顔は消え、辛そうとも苦笑いともとれる、収録のときにした、あの表情だった。


その顔を見て、また報道陣はうるさくなった。


「何か言われたんですね!」

「これまでにも浮気だとか言われたんじゃないですか!?」


フラッシュがたかれているのに、木崎さんは立ちすくんだままだった。


マネージャーさんはマズいと思ったのか、走りますよと耳打ちをした。





そのとき。


俺たちの後ろにいたはずの千来が、うまく報道陣から見えないように、木崎さんの後ろへ行った。




「……こっち」




ボソッと呟いて、木崎さんの腕を引っ張って、スタジオの中へ走っていく。


木崎さんは引っ張られるがままになって、走った。



俺たちはなにがなんだか分からなかったけど、うるさい音を背に、走り出した。