帰り道、明治は並んで歩く麻理子の腕を不意に引いた。
驚く麻理子が立ち止まり、茜色の染まったアスファルトに二人分の長い影が伸びる。

「今から俺が言うこと、よく聞いて」
「なぁに?」

長い髪を掻き上げ、麻理子は首を傾げる。
白い肌が夕日に染まり、まるで夕暮れに窓際に立つ人形のように見えた。

「クラスでのことは、俺に任せて」
「え?」
「志保も言ってたろ?俺には逆らわない方がいいって」

朝の廊下での出来事を思い出し、麻理子はハッと短く息を呑んだ。
まさか今になって「悪魔だよ」と肯定をするのではないだろうか…と、やはり素直に志保の言葉を信じている麻理子はキュッと唇を噛む。

「わかってるだろ?俺の顔が二つあるってこと」
「顔が…二つ?」

やはり通じないか。と、明治は苦笑いを零す。
決して頭が悪いわけではない。海外生活が長かったのだから、微妙なニュアンスを理解出来ないのも致し方ない。と、明治はそっと麻理子の長い髪に手を伸ばす。

「俺には、皆に見せる顔と特定の人にしか見せない顔、二つの顔があるんだ」
「あぁ…そうゆうこと」
「そう。マリーはどっちも見れる数少ない「特定の人」のうちの一人だよ」

特別だ。と言われているような気がして。
気恥ずかしさと嬉しさで、麻理子はフイッと顔を背けた。

「自分を殺さなくてもいい。もっとわがままでいいんだよ?」
「どうして?」
「それは…俺には出来ないことだから」

小さくなった明治の声が、今にも消えてなくなってしまいそうで。
慌てて顔を戻すと、麻理子は真っ直ぐに褐色の瞳を見つめ、その存在に安堵する。

「気を遣わなくても、マリーの好きにすればいい。俺がフォローしたげるから」
「どうして?」
「ん?」
「どうしてそこまでするの?」
「マリーが俺を嫌いでも、俺はマリーを嫌いじゃないからだよ。それじゃ理由にならない?」

茜色に染まる明治の姿は、何故だかとても幻想的で。
やっぱり女みたいだ…と、麻理子はその整った顔にそっと手を伸ばした。

「わかったわ。メーシーの言う通りにする」
「めーしー?」
「アンタの役名じゃない」
「え?そうなの?」
「昨日も今日も練習したのに」

そう言えばそんな役名だったか…と明治は思い返す。麻理子の役名は呼べど、自分の役名などそう呼ぶことはないだろう。

「マリーはマリーのまんまだったっけ」
「そうね」

なるほど…と明治はそこで漸く合点がいく。
志保が言った「悪魔とシスターの禁断の恋」の意味がわかり、堪え切れず明治はプッと噴き出した。

「何?」
「いや、志保らしいなぁと思って」
「魔女がどうしたの?」
「ん?魔女が俺達に悪い魔法をかけようとしてるんだ」
「えっ!?それホントなの!?」
「ホントだよ。だから俺達は仲良くしておかなくちゃ」
「そうなの?」
「そうだよ。だから俺の言うことちゃんと聞いてね?」
「わかったわ!」

どうしてこんなに素直なんだろう。と、明治は緩む頬を押さえながら麻理子の腕を引いた。

「さぁ、帰ろう」
「明日の朝も迎えに来る?」
「ん?行こうか?」
「ええ」

嬉しそうに笑う麻理子の腕を引き、明治も釣られて笑いながら家路についた。